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名古屋高等裁判所 昭和37年(ネ)196号 判決 1963年5月16日

控訴人 原告 岩田一子

訴訟代理人 桜井紀 外一名

被控訴人 被告 東洋レーヨン株式会社愛知工場自治会

訴訟代理人 吉川大二郎 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和三十五年十月十八日附を以てなした東洋レーヨン株式会社愛知工場自治会員を除名する旨の意思表示は控訴人が被控訴人に対して提起した除名処分無効確認の訴の本案判決確定に至るまでその効力を停止する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求めた。

被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに立証関係は、左に附加する外、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

控訴代理人の主張

本件仮処分は東洋レーヨン株式会社に対しても直接にそうでなくとも反射的に効力が及ぶから、その必要性のあることは従来主張したとおりであるが、更に次のとおり補述する。

寄宿舎規則第十一条但書は旧規則と対照しても明かなように、自治会において会員を除名すれば会社においては右自治会の処分の当否を判断することなく被除名者を退舎せしめることを要し、ただ退舎期日については自治会と協議して七日内にその期日を決定することになつているに過ぎないから、本件仮処分があれば新たに入舎手続や会社の許可を要せず当然復舎の効果を生ずる。従つて本件仮処分はその必要性があることは明白である。

被控訴代理人の主張

本件仮処分があつても、会社に対してはその効果が及ばないから会社は何等法律上の拘束を受けない。

又会社は実体上も自治会の除名決議に拘束されず、寄宿舎及び附属設備に対する所有権者としての管理処分権に基き従業員の入退舎についても決定権をもつている。

立証関係

控訴代理人は、甲第四十三号証を提出し、当審証人川村富左吉の証言を援用した。

被控訴代理人は、当審における被控訴人代表者本人尋問の結果を援用し、右甲号証の成立を認めた。

理由

一、控訴人は昭和三十一年四月二十四日東洋レーヨン株式会社愛知工場の従業員となり、爾来昭和三十五年十月二十六日まで同工場附属寄宿舎に住んでいたこと、右寄宿舎の居住者は全員にて自治会を組織し、その名を東洋レーヨン株式会社愛知工場自治会と称する本件被控訴人であること、昭和三十五年八月三十日右自治会の査問委員会は、控訴人に対し署名運動を理由に始末書提出という制裁を決定し、更に同年九月二十二日同委員会は、控訴人に対し右始末書提出の外、会員に迷惑を及ぼしたことを理由に権利の一時停止という制裁を決定し、いずれも当時の自治会長から控訴人に通告されたこと、次で同年十月十四日同委員会は控訴人に対し除名の制裁を決定し、控訴人は自治会長から同月十七日付書面にて同月十八日付にて自治会員を除名する旨の通知を受けたこと、右除名の理由は、「寄宿舎内においては自治会に届出ずして署名運動などの行為は禁止されているにも拘らず敢てこれを行い、会員に迷惑をかけ、自治会の秩序を乱した。その後機関において上記行為の制裁(第一回始末書提出第二回権利一時停止と始末書提出)を決定し、自治会長より再三に亘り本人に対して本機関の決定遵守を要請したにも拘らず、反抗的言辞を表し、飽くまでこれを拒否した。その前後において役員数人よりその行為の非なることを諭し反省を促したが却つて反抗的態度をとるばかりで、最早改悛を期待することが不可能と判断した。かかる事態を放置するときは自治会としての秩序を保ち得ない。以上の点に照らして自治会々則第六十四条第一号により除名する。」ということであつたことは当事者間に争がない。

二、右除名処分が、争ある権利関係として、その適否が問題になつているわけであるが、先ずこれに対する司法審査権の有無について検討する。

およそ共同体である社会的団体は、その組織の秩序を維持するために、明文の規則、規約の存否にかかわらず、自律権をもつていることは団体法理上当然のことがらである。かかる自律権の発動である制裁処分の適否が司法審査権の範囲に属するか否かについては考の岐れているところであるが、制裁処分は除名処分も含めて、原則として裁判所は審査権をもつていないと解する。

しかして例外の場合として、制裁処分が被処分者に対し客観的に著しい不利益を与え、国民の権義を保全する司法の立場から黙視できない程度の場合には、その制裁処分は司法審査権の範囲に属するものと考えられる。

ひるがえつて本件除名処分については、控訴人が仮処分の必要性の点として主張しているごとく、控訴人は右除名処分を受けたので寄宿舎規則第十一条但書第二号により退舎させられたことは当事者間に争なき事実であり、控訴人審尋及び本人尋問の結果によれば、控訴人は退舎させられて現在アパートに住む結果となつたため、二交替勤務上の早出或いは晩退による通勤上の苦労、及び寮生活が部屋代の無料であるのに比べアパートの部屋代一ケ月金五千円の経済的負担をしていることが認められ、右事実は控訴人にとつては客観的に著しい不利益と観られるから、本件除名処分は司法審査の対象となるものと云わねばならない。

三、しかして右除名処分の適否について案ずるに、控訴人が第一回の制裁である始末書提出の決定及び第二回の制裁である始末書提出と権利の一時停止の決定に従わなかつたことは当事者間に争がなく、証人水島博の証言により成立を認める乙第七、第八号証、同証人の証言及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は右制裁に従わないことを公然と言動に表わしていたことが認められ、これらの事実は被控訴人自治会規則第六十四条一号第六十三条一号に照らし除名処分の理由として相当であると云わねばならない。

四、控訴人は第一回の始末書提出の制裁決定は不当であるから、これを前提とする右除名の制裁決定は結局無効であると主張するから案ずるに、右始末書提出処分は控訴人に対し客観的に著しい不利益を与えるものとは認められないから、右始末書提出処分の適否は司法審査権の範囲外に属し、裁判所は右処分をそのまま適法なものとして扱うべきであつて、これに対し司法的判断を加えるべきでない。よつて控訴人の右主張は失当である。

なお、右第二回の処分についても前同断である。

五、次に控訴人は右除名の根拠規定である自治会々則第六十四条第一号、第六十三条第一号は、内容が極めて漠然としていて特定的、個別的の定めでなく適用者の一方的処置にまかせるような包括的制裁規定であるから右除名の制裁決定は公序良俗違反として無効であると主張するから案ずるに、団体が制裁規定を設けたときはそれに従つて制裁がなされなければならぬと解せられるところ、成立に争がない甲第十五号証(自治会会則)によれば、第六十三条一号は所定の会則、諸規則、決議事項に違反行為を制裁の対象行為としたものであつて特定性、個別性を有しており第六十四条一号の制裁の方法も具体的に定められているから、右公序良俗違反の主張は理由がない。

六、次に控訴人は、査問委員会か査問を開始するには査問の請求(提訴)があることを必要とするにかかわらず(自治会々則第六十七、第七十九条)本件除名の制裁決定をした第三回査問委員会は提訴なくして開始せられたから、右除名の制裁決定は無効であると主張するから案ずるに、自治会々則第六十七、第六十八条により、査問委員会の開始は、査問の請求があることを前提としていることは明らかであるところ、成立に争がない甲第二、第四、第五、第六号証及び証人板垣勉、水島博の各証言を総合すれば、右第三回査問委員会は右第一、二回査問委員会の関連として自治会治安部長西村保夫の口頭による提訴に基いて開始せられたことが認められる。もつとも自治会会則第六十七条但書によれば「但し査問の請求は別に定める様式による」と定められていて、一定の形式による書面の提出が求められているが、右様式を定めた規定がなく、又右のごとく第一、二回に関連した査問委員会であるから口頭による提訴も無効であるとは解し難く、控訴人の右主張は理由がない。

七、又控訴人は、控訴人が第一回及び第二回の制裁決定に服従しなかつたことを理由として本件除名の制裁決定をしているが、これは制裁の執行手段として更により重い制裁を科することであつて許されないことであり又一事不再理の原則にも反するから右除名の制裁決定は無効であると主張するから案ずるに、団体が制裁処分をした場合に、これに従わない被処分者に対しその処分を強制する以外に方法がないものでなく、これに従わない被処分者に対し、その不遵守を理由に新たに制裁処分をすることは許されるものと解すべきところ、本件にては、自治会々則第六十三条第一号は右不遵守の場合にも該当するものと解釈せられ又右除名処分は第一、二回の処分の不遵守を根本的の理由としているものであるから一事不再理の原則に背くものでなく控訴人の右主張は理由がない。

八、その他右除名処分を違法と目すべき事実は控訴人の全疎明によつても認められない。

九、しからば、仮に寄宿舎規則第十一条の解釈が控訴人の主張のごとくであるとするも、本件仮処分は争ある権利関係である除名が違法であるとは認められない以上控訴人の本件申請は却下すべきである。

十、よつて右と同じ結論となつた原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、これを棄却すべく、控訴費用の負担につき民訴八九条に則つて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本収二 裁判官 西川力一 裁判官 渡辺門偉男)

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